| 土田麦僊(1887ー1936) TSUCHIDA, Bakusen 新潟県佐渡の生まれ。本名金二。1904年竹内栖鳳に師事し、1911年京都市立絵画専門学校を卒業。1908年2回文展に《罰》が初入選(三等賞)。その後も1911年《髪》(褒状)、12年《島の女》(褒状)、13年《海女》、14年《散華》(褒状)、15年《大原女》(三等賞)、16年《三人の舞妓》を出品した。その一方で、近代絵画としての日本画のあり方を模索して10年黒猫会(シャノワール)、11年仮面会(ル・マスク)を結成。18年文展終了後、国画創作協会の結成に参加、同年1回展に《湯女》、2回展に《三人の舞妓》を出品し、後期印象派への強い共感を示した。21ー23年ヨーロッパに遊学、ルネッサンス絵画に深い感銘を受けた。28年国画創作協会解散後は帝展に復帰し、34年帝国美術院会員となった。 |
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出典: |
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文展の名作[1907-1918] |
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1990年 |
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p.90 |
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