独立行政法人国立美術館
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朝比奈逸人
Yasuto Asahina

1951
川埼市に生まれる
1978
東京芸術大学大学院美術研究科修士課程修了
大阪教育大学教養学科助教授、大阪府池田市在住

朝比奈逸人との会話のなかで、手を双眼鏡のように筒形にして覗いたときの視覚が、話題にのぼったことがある。その不規則な輪郭の視界を、かれの代名詞のようにもなっているあの変形パネルの画面と、ただちに結びつけようというのではない。だが、だまされたと思って一度やってみるといい。手の指のトンネルを通して、世界と自分が一対一で、親密に結ばれてあるような、不思議な充足感がえられないだろうか。
手の指の双眼鏡も、視野の一部をフレームによって切り取る行為には違いない。だがこのフレーミングは、世界と私のあいだに割って入り、その任意の一断片を覗かせる近代の「窓」とはどこかが本質的に異なっている。対象を切り離し、遠ざける視覚と、それをたぐりよせ、わがものにする視覚。手の双眼鏡では、覗く方向を変えればそのたびに別の視界が開かれるとはいえ、しかしそのおのおのが、少なくともそのときどきの私にとっては世界の全体であり、その外に世界がもっとひろく拡がっていることなど想像もできないであろう(あるいは、想像してみても意味がないであろう)。そこでは、手の指で囲われた境界が、世界の絶対的な縁なのである。しかもこの世界の内部では、人と樹木の区別も、樹木と空の区別もなくすべてが一様に、一挙にもたらされるのだ。朝比奈の言葉を借りれば、「あるふとした瞬間にある限定されたものの中にいきいきと現れるあるがままに息づいているまるごとの世界」。1)いいかえれば、形象と背景の別のない、それ白身が世界の全体であるような、一個のヴィジョン。――この窓や、あの窓にも喩えられる「近代絵画」の底にある、世界喪失の視覚とは、なんと異質な視覚であろう。だが、この反時代的な視覚の側から.こう問い直してみることもできよう。世界がただひとつのヴィジョンのうちに安らうはずの、いわばファウスト的予感なり、追憶なりとまったく無縁のところで、いったい画家は――近代以後であろうと以前であろうと――、キャンバスに向かえるものなのかどうか、と。さて、朝比奈が作家としての本格的活動を開始したのは意外におそく、1980年代に入ってからである。ごく初期の作品は、かれの出発点もまたミニマリズムとの格闘にあったことを示しており、あえて歴史的に図式化すれば、それらは、ミニマリズムという一時代の帰結を突き抜けて、「絵画的抽象」――かれの本領であろう――へと遡行する試みといえなくもない。たとえば1981年の横長の作品(挿図)など、この間の事情をよく示していよう。一見してマティスの巨大な切り絵《スイミング・プール》など――を想わせるような画面だが、全体は、同形同大の木枠つきのパネルによって組み立てられており、ミニマリズム流の“還元と構成”を地でいく作りになっている。うねうねと曲がりくねった線は、赤い地のうえに石膏で線状の盛り上がりを作り、それらに沿ったり難れたりしながら青や緑や黄の絵の具を塗ったものだが、これは、いわゆる絵具の「物質性」に対するかれの躊躇、ないしは反攻と受け取れよう。だがもっと重要なのは、この作品の図像上の組み立てである。木枠で縦に分断されているとはいえ、図像としては横一列に連続するはずの中心部の一枚の絵のまわりを、非連続の、絵ならぬ絵が取り囲むかたちになっているのである。いわば絵を、絵でできた額縁で囲んだ絵であり、その結果、中心の絵は現実の空間と接することをまぬがれ、物質としての外縁なり、形状なりをもたないアイディアルな「絵画」平面として成立することになる。翌1982年には、同様に画面内部を木枠の水平・垂直線で仕切りながらも、不規則な輪郭によって外界と接する最初の絵が生まれている。かれの変形パネルの外郭線は、発生的には、絵が現実空間と接することを回避するための、絵でできた額縁に起源をもつのである。
画家のヴィジョン(内面的視覚)が絶対的な縁をもつなら、その内側では、縁のかたちなど問題になろうはずがない。世界のかたちが問題にならないように。――朝比奈の不規則な輪郭の画面は、逆説的なようだが、要するに絵画が物理的な形状をもつことそのものに対する直観的な抵抗から生まれたものだ。その意味でそれは、画面の内部構造によって画面の外形を規定してゆく、アメリカの「絵画的抽象以後」の抽象におけるシェイプト・キャンバスとは、対極的な行き方といえよう。1982年以来のかれの微妙な曲線で囲まれた画面では、画面のかたちとゆるやかに呼応しつつも、そうしたかたちが意識されないほどにそれと融和した絵画的な質の熟成が図られてきたのである。2)
比較的初期のcat.no.5(1984/91年加筆)では、縦長の楕円の画面形に応えるかのように、全体は黒や黄緑の垂直の帯を主体にしてかたちづくられ、画面の輪郭の曲線が画面内の随所にくりかえし現れている。いわゆる互換杓な図と地による垂直の断烈と、渦巻くような動静。1988/91年のcat.no.6では、色数が増え、塗りの濃淡や、筆の運びや方向、線や形の対比が多様になり、それぞれの色彩は平面上で噛み合うというよりは、前後に浮き漂いはじめている。そうした傾向は、ここ一、二年の作品(cat.nos.7‐9)でさらに推し進められているようであり、1990年の個展では、しばらく発表されなかった矩形の作品が発表されている。それらの近作では、色彩はこれという形を失い、当然ながら形に即した筆運びの組織化もみられず、全体として色と形の乱雑度がいちじるしく増大している。画面空間内の前後間係もさだかでないままに、一群の色彩がぼーっと、夢幻的な透明度をもって現象するのである。ヴィジョンと呼ぶにたるヴィジョンには、本来事物と空間(図と地)の別も、厚みも、奥行もないのであれば.その実現を夢みる画家は、絵具の物質性や描くことの痕跡はおろか.絵を絵たらしめる一切の差異づけの解消したかなたに、色彩の純粋現象としての未来の絵画を視ているのであろうか。(T.M.)


1)第18回現代日本美術展カタログ 1987年 p.51
2)cf.井上明彦「ASAHINA」個展カタログ ギャラリーヤマグチ 1988年
 
出典:
現代美術への視点 形象のはざまに
松本透
1992年
p.27